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With rain drops




 雨に、地獄蝶が浮かぶ。



 単独の現世任務の戻りがけ、虚の気配を感じて足を踏み入れた知らぬ土地。
 斬り下ろし、砕け消えた仮面の残滓を払うように愛刀を振って、暗い空を見上げた。
 
 細い 雨。
 
 身に纏わり付くような霧雨が、密かな音を紡ぐ。
 妙に聴覚に響く音を、振り払うように身を翻した。
 目に留まる、小さな青色。
 
 ――・・・何だ?
 
 石の目立つ広い河原。ぽつりと在る色。急速に落ちる明度の中に、沈んで行く青。
 
 ――こども・・・・・?
 
 思わず、其方に向かって宙を蹴った。
 
 夜では無い。
 だが、夜闇が速やかに広がる初秋の夕暮れ。
 手に傘も無く、傍らに親も無い子供の姿に、何故だか落ち付かぬ気分になる。
 帰還を促すように舞い飛ぶ蝶を置いて、河原に下りた。
 
 青い色は、子供の着た服。薄い視界の中で、暗さに紛れていく頼りなさ。

 「霊では無い、か・・・・・」

 気配で解っていたが、確認して思わず呟く。
 もしかすると、生きている事に安堵するべきかもしれない。
 だが、生きているのにこんな場所に独り居る子供をどう思えばいいのだろう。
 
 ふっと、溜息ともつかぬ呼気を吐いた時、俯いてしゃがんだ子供が顔を上げた。
 迷わずに、此方を見上げて。

 「・・・・・・っ!?」

 塗り潰されたように暗く沈んだ瞳を目にした瞬間、呼吸が止まった。

 ――この、目・・・――。

 覚えが、在った。身近な場所で。鏡の中で。

 ――何故・・・これは、
 「だれ・・・・・・?」

 思考は、子供の問い掛けで敢え無く途切れた。

 「な・・・っ」

 ぶれる事無く私を見詰める、感情の無い双眸。

 ――まさか・・・いや、
 「ユウレイ?」

 ――私が、見えている・・・――?

 思わず、一歩退いた。
 だがそれを、子供の視線は正確に追って来る。

 「貴様・・・見えるのか? 私が」

 「・・・・・見えるよ。ユウレイ」
 「違う。私は・・・・・――」

 思わず言い掛けて、続ける言葉を慌てて切った。

 ――死神だ。

 などと子供に言った処で、脅えさせるだけではないか。
 狼狽する己を自覚して、そのような自分を忌々しく思う。
 何とか、思考回路の中から言葉を掬った。

 「何故こんな時間に、こんな場所に居るのだ。早く家に帰れ」
 「・・・・・・うん」

 だが、子供は呟くように言うだけで、動こうとはしない。
 何かを探すように、辺りに彷徨わせる視線が頼り無い。
 まるで、迷い子のような・・・。

 「誰かを待っておるのか?」



 無言。

 「それとも、探しておるのか?」

 ぎゅっと、青い服の袖を握った小さな手。
 それが何故なのか――解るような気がした。

 「誰か、お前の傍から・・・居なくなったのか?」

 訊いて、暫く落ちた沈黙。
 言うべきでは無かったかと思った時、ぽつりと言葉が返った。

 「・・・――母ちゃん」

 「そうか・・・」
 「・・・・・おれ、ユウレイ、たくさん見えるのに」

 感情の波を、忘れてしまったような響き。

 「母ちゃんのコトは見えないんだ」
 「それは、」
 「おれ、会いたいのに・・・・・」

 「――・・・そうか」

 此奴は、幼いのだなと、そう思った。

 流魂街の治安の最低な街区にも、これくらいの歳の子供は幾らでも居た。
 霊魂の居住区の振り分けは、ある意味で公正で、容赦が無い。
 そしてどんな場所でも、生き抜く事に意味が有る。
 だから、そんな最低な街で過ごす子供は、こんな風に親を懐かしんだり、恋しがったりはしなかった。
 厭でも大人にならなければ、生きていけないから。

 そんな場所に、私も居た。だから、

 ――恋しがれるだけ、貴様は幸せなのだよ。


 胸中に落とす。口に出しては言えないけれど。
 密やかな雨音が、河原を浸していく。
 霖雨は、止まない。

 止まない雨と、深まる夕闇。頑なな子供に、言った。


 「もう、家に戻れ」

 だって、こんな子供には、

 「お前には、帰る場所が在るだろう?」

 そんな場所が必要だから。

 「きっと心配している。だから、」

 屈み込んで、か細い腕を引いた。

 「早く、帰れ」

 在るか無いかの抵抗を無視して、子供を立たせる。
 余り濡れていなかった死覇装の内袖で、闇に明るい色の髪を乱暴に拭き、青い洋服に付いたフードをすっぽり被せた。

 「さあ、どちらだ?」

 冷えてしまった小さな手を引いて、土手を上る。

 「右か? それとも左か?」

 「・・・・・・右」
 「良し。では行くぞ」

 周囲の大多数よりも背の低い私が、珍しく緩めた歩調で歩く。
 雨は、強まらない代わりに弱まる事も無い。

 「ねえ・・・・・」

 道半ば。ずっと黙ったままかと思っていた子供が、口を開いた。

 「お姉ちゃんは、ユウレイ?」
 「まあ、そのようなものだな」
 「ちがうの?」
 「大した違いは無い、という事だ」

 掌にすっぽりと納まる手を、握り直した。

 「じょうぶつはしないの?」
 「・・・・・しておるよ」

 そもそも私が、現世に未練など持ちようが無い。
 子供は僅かに、首を傾げた風だった。

 「お姉ちゃんは、どうしてここにいるの?」
 「用が有ったから、だな」
 「じょうぶつしてても、来れるの?」
 「正確には、来れる者も居る――という事かな」
 「じゃあ、」

 躊躇う間を、埋める雨音。

 「おれが死んだら、母ちゃんはむかえに来てくれるかな?」
 「それは・・・」

 言い掛けて、迷う。
 矢張り、慰めが必要だろうか。此奴は、子供だから。
 それでも、

 「すまぬ。――私には、分からぬよ」

 嘘を吐いてはいけないと、思った。

 「だが、お前が死んだら家族は悲しむ。母親も」

 強く、手を握る。

 「だから、そんな事は決して言うな。家族にも、友人にも、自分にも」
 「なんで?」
 「何故って・・・――」

 言葉を切る。当然の事だと、そう答えて、子供を突き離してはいけない気がしたから。

 「――私が、赦さぬからだ」
 「お姉ちゃんが?」
 「ああ。お前がそんな事を言うのは、私が赦さぬ。他の誰が赦しても、私が赦さぬ。だから、言ったり、ましてや望んだりするな」

 驚いたような子供の双眸を、じっと見詰めた。

 「分かったな?」
 「・・・・・・うん」
 「約束だぞ?」
 「わかった」
 「・・・良し」

 小さく笑って、再び歩き出す。



 止まない雨。時折、思い付いたように過ぎ去る車。
 そして、道の先から早足で歩いて来る人影。暗い中に浮かぶ白衣と、大きな傘。
 父ちゃん、と呟く子供の声に、握った手をそっと離した。

 「・・・早く行け」
 「お姉ちゃん?」
 「私とは、ここでさよならだ」

 此方に気付いて、走り出した男が大声で呼んでいるのは、きっと子供の名前。

 「じゃあな」
 「あ・・・」

 ふわりと地面を蹴って、小さな子供に背を向けた。




 ――大丈夫。

 家族が居る。傍に居て、甘やかしたり、怒ったり、心配してくれる者が居る。

 ――だからお前は、笑ったり、泣いたりしていればいい。

 大きな傘の中で、大きな背中におぶわれている子供を振り返り、小さく言った。








 「またいつか、な」






























 私が死神で、お前が死した者として会うその日が、一日でも遅い事を願って。





















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蒼夕さま宅から、強奪に成功しました。
捧げる〜とか書かれてありゃ、そら強奪するでしょう!
素敵小説を有難うございました!